<< October 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

* * - * - *
遠い夢の景色
いくつかの“気がかり”をかかえて、3連休は東京へ。

久しぶりに井の頭線に乗った。
これこれ。


なつかしいぃ〜。
大学もこれに乗って通ったし、
勤めはじめてからもずーっとこれに乗って通ってた。
毎朝毎朝、乗るのがあたり前で、
ラッシュに固められながら見る景色も当たり前で、
どこにどんな木があって、どんな花がいつごろ咲いて…
それで季節を感じていた。
帰りはヘトヘトで、ときには爆睡し、
ときにはあんなこと、こんなこと考えながら、
迷ったり決断したりして、
乗り続けた日々があった。

井の頭線を目の前にするまで、そんなことは忘れていたけど、
急に鮮明にそんな日々が立ち現われて、そして遠のいて、
少し呆然とした。
まるですべてが夢だったようにも思えたから。
あんなに確かだった日々さえが。

今、奈良からけいはんなに通う、あの当たり前の風景も、
いつか、こんなふうに遠い夢の景色になってしまうんだろうか。
そう思うと、どの景色も少し切なく、いとしいものに思えてくるね。

今回、泊まったホテルはこの7月にオープンしたばかりで、
エントランスもしゃれていて、書籍のセレクションが私好み。



その横には…。


アルネ・ヤコブセンのスワン・チェアとエッグ・チェア。
デンマークで過ごした日々がふいに浮かんでくる。
少し身体をあずけて、うもれていたデンマークを掘りおこしてみる。


駅に向かう道で視線を感じ、ふと見ると…おおワカマル!
何してんのぉ、こんなところで!


学会の懇親会に来てくれたっけねぇ〜。

いろんな景色が遠くなったり近くなったり。
時間の距離と、気持ちの距離と、身体の距離は、
それぞれにあんまり関係はなさそうだなぁ…
なんてことを思いめぐらしながら、
“気がかり”も半分クリアして奈良に戻りました。


 
* 22:27 * comments(0) * trackbacks(0) *
なんで、奈良はこんなに鹿が…
韓国より友来たる。
奈良の案内はまかしとき!と力が入る。
彼女は昨年もちらっと寄ってくれたけど、
なんといっても今回はオンマ(お母さん)と妹さんが一緒。
オンマとは2002年以来だし、妹さんとは初めましてだし。
鹿が見たい、とのリクエストにはたぶん応えられるはず。
鹿、ガンバってくれよ〜。

というわけで、近鉄奈良駅で待ち合わせ、いざ、奈良!
久しぶりのよもやま話をしながら登大路をあがっていくと…
ワラワラといました、いました。
しか…も、どうしたツノ?!えらく立派になって〜〜。
朝方に夕立のように降った雨のおかげで毛並みもきれい。
観光客の持ってる地図をむしゃむしゃ、
ワイルドに食べてみたりして。
いい仕事っぷり〜。(でいいのか?)
歩く姿も雄々しい。

友だちの妹さんも大喜び。
シャッター切る切る。
あ〜よかった。

そして東大寺に向かうと、さらにワラワラ…。
「お辞儀してるように見えるけど。」
「してるのよ、鹿煎餅もらう前と、後に…」
「えっっ?!日本は鹿まで…」
よしよし、いい仕事してるよ〜。

「それにさ、鹿煎餅、あんなに山積みに売ってるけど、
売ってるおばちゃんにねだったりしないわけよ。
ちゃんと買った人のところに寄って行く。」
「ほんとだっ!!!えらいぃ〜〜〜〜」
よしよし。

「なんで、奈良はこんなに鹿がいて大切にされてますか?」
「鹿って、神様の使いでね…」
「あ”〜〜〜!!!!」
それだけで納得して、感動してくれる友人一家もすばらしい。

東大寺の手前で、鹿家族をみっけ!

バンビは後ろ向いちゃうし、パパは目をつむるし…。
残念。
入江泰吉にはほど遠い。

そして、大仏さまを眺めて、二月堂に上がって、
私のお気に入りの裏道を下りてきて、
私の行きつけのお店でお昼ご飯。

そこで、2002年の話になり、すでに涙ぐむオンマ。
それを見てつられる友人。
それを見て涙ぐむ妹さん。
似たもの親子。
というか、2002年のことは、私の方が感謝してるんだけど。
彼女との2002年は、まさに“しあわせなタイミング”だったのだ。
ここに⇒  

それから平城宮跡にドライブし、平城京歴史館へ。
ここは3月にスウェーデンからやってきた母娘を案内して、
私も勉強になったところ。
パスポートを持ってる人はタダですよ!
韓国語はキャプションもあるし、iPodもあるので助かる!
「“渡来人”て百済から来た人のことなんですね」
あらためてそう言われて、そうか!と気づく案内人。とほほ。

そして、昨年、友だちを連れて行って
大絶賛していただいたカフェ、ガトー・ド・ボアへ。
ここもいい仕事をしてくれるんです。

いただいたお土産…。

といっても私がリクエストしたのだけど。
以前にラボのメンバーからいただいたことがあって…。
が。
「これ、済州島のお土産モノだから、
ソウルとか釜山では売ってないので取り寄せました。
おいしいの?」
あら〜ごめんねぇぇえ!
でもこれ、じわじわっとおいしいのです!

そして3人を駅に送り、またしばしの別れとなりました。
なんか、しみじみっといい1日だった。
私もちょっと旅した気分にもなれて…。

それにしても済州島のドライ・オレンジ、
奈良の鹿…。
意外なものが、意外なところでいい仕事をしてるもんです。
 
JUGEMテーマ:旅行


 
* 22:00 * comments(0) * trackbacks(0) *
鱧を味わい尽くすということ
京都の夏は、鱧にはじまる。らしい。
といっても、何も高級な話ではなく、
ピンキリあって。
スーパーでも普通に湯引きしたものが手ごろな値段で売ってるし、
出汁をとる用に骨だってゴソッと束になって売ってるし、
お家の食卓にも普通に並ぶらしい。
奈良や大阪あたりでも。

とはいえ。
そんな身近なおつきあい…になる前に、
ちゃんとお近づきの儀式が必要だろう、と
関東の人間は考えるわけです。

ということで、
ラボの、新潟出身、海のモノとお米にうるさいメンバーが
「なぜ、こんな(ひどい…)ところに?!」と驚くほど
レベルが高いお魚専門の居酒屋さんにて、
有志で暑気払い。
いや、まだそれほど暑くなってないけどね。

夏の限定、活け鱧しゃぶしゃぶコーッス!

まさに、これが鱧を味わい尽くすということか…。
これでもか!の鱧三昧。

お通しのあと、まずやってきたのが…湯引きとタタキ!
鱧のタタキって…!!
臭みなし、ねっちりしながらつるっとしたノドごし。


で、白焼き…これがまた、弾力があるんだけど
酢橘と塩でさっぱりと…いくらでもいけます。



ああきた、天ぷら。これがまた…。
天ぷらについては西と東でいろいろあるんですが、
そんないつものランチの話題はここではやめておきましょう。
ふわっふわの鱧〜。


そして真打…というか、もうお腹は八分目になってるような、
いや、気のせいか?
透き通ったお出汁は、昆布と鱧の骨でとってます。


(これで3人前…かなりな量です。)

しゃぶしゃぶっとして、くるん…となったときが食べごろ!

と女将のご指導があり、いや〜食べた食べた。

離脱する人もいる中、いつものように、同じペースで食べましたよ。
もう、御雑炊は半分くらいで…。

(え?これ、半分?)
あぁ残念…。

洗脳されました。
京都の夏は、鱧、ですよ。

翌朝、健康診断だったワタクシ。
なんだか今年は、勝てる気がしてます!!!
(何に!?)
結果は秋なんですけどね〜。

 
* 21:00 * comments(0) * trackbacks(0) *
もみじふみわけ鳴く鹿の
う〜ん、あはれ今年の秋もいぬめり…な気分。
早い…早すぎる。
もう11月がいってしまう…。

とりあえず、秋のしっぽをつかんでおこう…と、
日曜日の夕方にあわてて二月堂に向かう裏道をのぼっていった。

おお。

若草山を背景に、大仏池の周辺が色づいている!
曇りなのが残念…。

ぐるっとまわると…


大仏殿の大屋根を背景に、赤、黄、青(緑)…。
みごと、みごと。

で、

もみじ…じゃなく、銀杏を踏み分け…がっつく鹿ちゃん…。
シカたないのよ、もうすぐ、お腹がすく冬がやってくる。
今のうちにシッカり食べとかないとぉ。

奥山にもみじふみわけ鳴く鹿の
声きくときぞ秋はかなしき

で鳴いていたのは、お腹がすいてたから?

大仏池は心落ち着く場所。
あまりこっちまで足をのばす人もいないので、
季節の確認はここで。
そしてぶらぶらと二月堂への坂道をのぼっていくのが私のコース。
いつか、この道をなつかしく思い出すのだろうか、
なんて思いながら…。

今回は他にも寄りたいところがあったので、
二月堂まであがらずに大仏殿の表にまわってみると、
さすが、夕方にもかかわらず、すごい人!
奈良のピークでしょうか。

でも正面からの写真に秋の色を入れようとすると…
ちょっとこじつけた感じ…。
あいかわらずの堂々ぶりで、おかしいほどの大仏殿。

奈良の秋、確認しました。
ぎりぎりせーっふ。

* 22:27 * comments(0) * trackbacks(0) *
どの日も記念日になるかもしれない日

いつのころからか、父はお正月を特別視しなくなった。
どの日も特別だし、
どの日も同じ、
いつもと同じように迎えるよ、
と大晦日が近づくと念をおすように必ず口にする。
昔はけっこう、元旦の朝は全員集合、年の初めの挨拶…
なんてやってたのに。

でも、このごろ、そんな気分がわかるようになってる私がいる。
カレンダーとか暦とか、便宜上つくられただけ、
その日に何かしなくてはと思うことで自由を失ってないか、
というのが私の理由だけど。
日本人としては、
あまりお勧めできる考え方ではないかもしれません…。

そんな私でも、どうしてもこの日だけは意識してしまう、
という日がある。
この世にやってきた日。
誕生日と呼ぶ。
これはやはり記念日でしょう。
もちろん、自分で定めたわけではなく、
何かに押し出されたタイミングでその日になっただけ、
なのだけど。

365日をひとめぐりにしているのも便宜上だから、
私が出てきた日が何度もめぐってくるわけでなく、
その日は1回こっきりなんだけど、
同じ数字が並ぶときを記念日として意識するのは、
生きていくときの道しるべとして、悪くないと思う。

そして人にはもう1日だけ、特別な日ができる。
この世からいってしまう日。
でもそれは、生きているあいだに知ることはない。
それが道しるべにはなってはいけないからね。
その日がいつになるかはわからないけど、
同じ数字が並ぶ日を、私たちは必ず1年の中で過ごしている。
あらためて考えると不思議な気分。

どの日も記念日になるかもしれない日なんだ。
いってしまう日の…ね。
そういう意味でも、どの日も特別、どの日も同じ。

“毎日、今日が人生最後の日かもしれない、と考えるなら、
いつか、必ずそれがあたる日が来る…“
と、先日なくなったスティーブ・ジョブズが語っていた。
そして、だからこそ、限られた時間の中で自分の心の声を
聞き逃すなと…。

やってきた日、
いってしまう日、
そのあいだにはさまれた日々…。
どの日も大事にしなくてはね。
前回に続いて、ゆりかごから墓場まで
特別な日について思いを巡らせ、今をみつめた秋の夜。

 

* 22:31 * comments(0) * trackbacks(0) *
| 1/109PAGES | >>