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もみじふみわけ鳴く鹿の
う〜ん、あはれ今年の秋もいぬめり…な気分。
早い…早すぎる。
もう11月がいってしまう…。

とりあえず、秋のしっぽをつかんでおこう…と、
日曜日の夕方にあわてて二月堂に向かう裏道をのぼっていった。

おお。

若草山を背景に、大仏池の周辺が色づいている!
曇りなのが残念…。

ぐるっとまわると…


大仏殿の大屋根を背景に、赤、黄、青(緑)…。
みごと、みごと。

で、

もみじ…じゃなく、銀杏を踏み分け…がっつく鹿ちゃん…。
シカたないのよ、もうすぐ、お腹がすく冬がやってくる。
今のうちにシッカり食べとかないとぉ。

奥山にもみじふみわけ鳴く鹿の
声きくときぞ秋はかなしき

で鳴いていたのは、お腹がすいてたから?

大仏池は心落ち着く場所。
あまりこっちまで足をのばす人もいないので、
季節の確認はここで。
そしてぶらぶらと二月堂への坂道をのぼっていくのが私のコース。
いつか、この道をなつかしく思い出すのだろうか、
なんて思いながら…。

今回は他にも寄りたいところがあったので、
二月堂まであがらずに大仏殿の表にまわってみると、
さすが、夕方にもかかわらず、すごい人!
奈良のピークでしょうか。

でも正面からの写真に秋の色を入れようとすると…
ちょっとこじつけた感じ…。
あいかわらずの堂々ぶりで、おかしいほどの大仏殿。

奈良の秋、確認しました。
ぎりぎりせーっふ。

* 22:27 * comments(0) * trackbacks(0) *
あふれる音に耳をすませて
 お仕事サイト(赤ちゃんCue)で記事を更新してました。

第21回 あふれる音に耳をすませて


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ある小説に、聴覚だけは最後まで機能している、とあり、
それが『魂の耳』としてさりげない伏線となり、
読み進むのがつらくなるほど痛いストーリーの行きつく先、
最後にふっと灯る光として効果的に使われていた。
でも…ホント?
もちろん、小説なのでその真偽を問うのは無粋というもの。
ただ、少しひっかかっていた。

今回のテーマは“赤ちゃんの「聞く」”だった。
講義の中で、PETという技術を使って脳の反応を観察すると、
植物状態になっても音に対する反応は、
ものすごくちいさいけれど、ある、という話があり、
耳がダンボになった。
え…そぉなの?

表情などの見た目では、もちろんわからない。
が、脳を見ると確かに反応しているらしい。
健常者の画像と比較して見せてもらうと、確かに反応している。

耳の構造は、おなかの中で25週目にはできあがっている。
おなかの外に出てきたばかりの赤ちゃんは、
すでに35デシベルの音が聞こえている。
ささやき声が30デシベルくらい。
0.02くらいの視力に比べると、かなり発達している。

私たちがネズミだったころ、
(…という言い方は前にもしましたが、1億年以上前、
人類はネズミさんに近い生き物だったんですね)、
夜になると真っ暗な森のなかで
木の上をちょろちょろ走り回っていたわけだけど、
生き延びるためにどれだけ聴覚が頼りだったかは、
こうして今も、最初にできて、最後まで残ることが
証明しているように思う。

だから赤ちゃんの耳をあなどってはいけない。
ときどき、赤ちゃんを泣きやませる方法などといって
スーパーの袋をしゃかしゃかさせる、とか、
ドライヤーや掃除機の音をきかせる、とか、
いろんな話がでまわっているけれど、
人生のはじまりの、
いろんな音をひろっている貴重なときに、
お粗末な音をあびせてやり過ごしてしまっていいのだろうか。

講座では、泣いてる赤ちゃんの耳元で小さな楽器を鳴らすと
ふっと黙る…
そんな姿が映像で紹介され、
まだ視線の定まらない赤ちゃんが天井を見上げながら
音のありかを探っている様子が、
何かとてもおごそかで、深遠にさえ感じた。

こうして、これからずっと、
生きていくうちにはいろんな音をいやがうえにも耳にし、
そこに意味を見いだしたり、ときには耳をふさいだりして
音とつきあっていくことになる。

身の回りにあふれる音に耳をすませて、
あらためてひとつひとつの音を拾ってみると、
いろぉんな音があふれていることに気づく。
今聞こえるのは、時計の音、キーボードをたたく音、
空調の音、遠くでラボのメンバーが話す声、
ボスのあくび、パソコンの中で何かが動く音…。

そしていつか最後に、魂の耳は何を聞くのだろう。
ゆりかごから墓場まで、音をめぐって思いを馳せた秋の午後。




* 22:19 * comments(0) * trackbacks(0) *
ふんだんに使えるようになってからでないと
 お仕事サイト(赤ちゃんCue)でつぶやき記事を更新しました。


…やっぱり、下に貼り付けてしまお。

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先日、出張して泊ったホテルで、

ひさしぶりに大きな画面でテレビを見た。

う〜ん、厳しいなぁ、このクッキリ度合いは。

肌やシワの様子が目の前に実物がいるかのごとく

隠しおおせないほどはっきりと映ってしまって…

夜目遠目笠の内、ぐらいがよかったよね。

 

しばらく見ていて、今度はちくっと違和感が。

夏、暑かったころ、あまりにたびたび流れては

こちらの神経を逆なでしていた電力会社のCM

「節電にご協力を」という、あれですが、

全然目につかなくなっている。

もちろん、今は1年中で一番しのぎやすい季節。

きっと電力も十分に足りているのだろう。

 

その代わりに増えた…ような気がするのが、

電気自動車のCM

あら、なんかひっかかる…。

 

じゃんじゃん作って、売れたとして、

電気自動車の愛用者が増え、CO2は削減されたとして、

しかし電気はどこからくるんだろう?

また「節電にご協力を」のCMが流れるようなとき、

その自動車を動かすことはできるんだろうか?

 

夜間電力を充電することでなんとかなる、

という話もあるし、

実際、まだそれほどお手軽価格ではない電気自動車は

供給量をおびやかすほど電気を使ってないだろう。

でも、なんかしっくりこない。

もちろん、今年の2月までは何の疑問も持たなかった私に

あれこれ言う権利はないけれど。

 

太陽や風による発電の技術も日進月歩、

きっと進んでいるだろうし、

今は貯めることのできない電気だけど、

蓄えることができるように水面下では研究されてるだろう。

そこはきちんと伝わっているか?

 

「エコ」というマジックワードや、

デザインという商品の演出や、消費者ゴコロの操作で、

売らんがために手を変え、品を変える、

その作戦のひとつとしての電気自動車じゃないはずだって

信じているけれど。

 

自然エネルギーによってつくられた電力を

蓄えることができるようになって、

それらを昼も夜も、夏も冬も、

ふんだんに使えるようになってからでないと

なんだか、どうも、釈然としない。

 

節電にご協力を、のCMと、電気自動車のCM

綱引きしているような状況では、

まだまだ心細いなぁと思っている。



* 22:52 * comments(0) * trackbacks(0) *
ボタンじゃいけなかったの?
お仕事サイト(赤ちゃんCue)で記事を更新しました。

第19回 ボタンじゃいけなかったの? (2011年10月6日)

…下に貼りつけることにします。

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そろそろスマートホンを使う人が周りにも増えてきた。

かくいう私も、1年以上前から使い始めている。

といっても、新しモノ好きで飛びついた…というわけではない。

 

その前の携帯はmova(ムーバ)といって、第2世代にあたり、

20127月には使用中止となりますよと

明細書がくるたびに脅されていた。

(地デジ化と2本立てで脅されてたわけです。→

 

えぇい、私はこの型が気に入ってるんだ!と

そんな脅しはふり切っていたのだけど、

ある日、東京の地下鉄、副都心線(2007年開通)の駅で

電話をしようとしたところ、「圏外」の文字が…。

もう、これから新しくできる施設には

movaのアンテナは備えられないですよ、という現実を

静かにつきつけられた瞬間だった。

あぁついに…と、そのとき観念した。

 

かくして、どうせならスマートホン、と、ひとつ飛び越したのだが

最初のころはタッチパネルが使いづらくてしかたなかった。

他人がやっているのを見ると、

小さな四角いパネルをなでなでしている指の動きは

なんとも不気味だけど、

やっている方は指先にあらゆる念を込め、

ややイラつきながら、しかしなでる以外どうしようもなく…、

という状態なのだ。

 

1年以上使って、ようやく慣れてきたけれど、

何かものたりなさを感じるのは、

押している実感がないせいだろうか。

ボタンの感触を指で確認しながら操作していた携帯は、

高校生ほどの高度な技術はあやつれないにしても、

画面をチラ見したぐらいで、何がどうなっているかが

わかっていた。

 

が、今は画面から目が離せない。

指先がポイントをちょっとズレるだけで、

別の指示になってしまうからだ。

画面をたたく指先の感触は、どこをたたいても同じだから

たえず目で確認しなければならない。

 

そんな人たちのために、もちろん次々と開発は進んでいる。

平たいパネルをトンとたたくと、

ボタンを押しているかのような感触を指先に感じる…

これを触覚フィードバックというらしいが、

これによって、どこを押したか、押したことが伝わっているかが

実感でき、操作にストレスがなくなるとか。

なるほど、さすが!

と手をたたきながら、待てよ?と思う。

ボタンを押す感覚が必要なのだとしたら…

 

なぜ、ボタンじゃいけなかったの?

 

赤ちゃんのときから、いえ、おなかの中にいるころから、

あれこれ触って指の感覚を鍛えてきた、あの日々はどうなるの?!

いろいろ理屈はあるのでしょうが、

ときどき何があとで、何が先なのか、よくわからなくなる。

 

とりあえず。

不器用なボスがスマートホンに機種変更するのだけは阻止しよう。

 

追伸:

ちなみに地デジ化はいまだ進んでおりません。


* 21:32 * comments(0) * trackbacks(0) *
変わりうるもの
前回の記事に引き続き、
お仕事サイトの方で記事を更新しました。


 


* 22:58 * comments(0) * trackbacks(0) *
スーパームーン!
今日は新月。
しかも、スーパームーン!ということで、
いつもより、月と地球の距離が狭まっているらしい。
こちら参照。
何か新しいチカラをもらえるかもしれない♪

ということで、心新たに、ONO響も少しずつ満ちていきます。
(…と、何度誓ったことでしょう…)

さて、10月も近づき(無理やりな話題転換)、
ここのところ、ストンと気温が下がったせいで、
周囲に風邪ひきさんが多い。
そして腰痛さんも…。

10年ほど前にとことん腰を痛めて入院した身としては
だいたい立ち上がる時の姿を見ると、
あぁ、この人、腰が痛いんだな…とわかる。
先々週、職場仲間が立ち上がる姿が
たまたま視界の隅をよぎり、あら?と思ったら…
先週、ついに入院してしまった。

ぎっくり腰より、時間をかけてじわじわとくるヘルニア…
こっちの方がこわいんです。
私はそれで2週間、家で寝込み、3週間、入院しました。
たかが腰、されど腰…です。
ちょっと変だなと思ったら、整形外科へ!

ヘルニアについて語りだすとキリがないので、このへんで。

えーと。
また、こちらのサイトで記事を更新しましたので
それでカバーさせていただきます。
一応、週に1回、をちゃんと守ってます。
(8月は夏休みとか称して1回抜けましたが)


さ、スーパームーンを拝むかな。(見えないっ!)


* 21:00 * comments(0) * trackbacks(1) *
青空っ!
昨日の雨空から、今日は入道雲の映える青空っ!
と思ったら、近畿地方は梅雨明け宣言。
いよいよ夏、節電の夏…になりました。


仕事の関係でオープンしたサイトで、
仕事の関係のぶつくさを、な、な、なんと週に1回、更新するよう、
ミッションをたまわり…、なんとか7回、あげてきました…。

でもまぁ、サイトの思惑にかなっているかどうかわからないけど、
私としては、言いたいことを言っているので、
こちらとリンクさせてもいいかもね〜、させちゃおっかな〜
(こっちの筆不精をカバーしようという策略は見え見え…?)、
ということで、今回はまとめて7つ。
お時間のあるときに、ご笑読くださいませ。

ほかのコンテンツも、ちらちらっと見て、興味のありそうな方に
ご紹介いただければ幸いでっす。

第1回 「あたりまえ」と思ってしまうと… (2011年5月16日)
第2回 そこに「ヒト」がいて… (2011年5月30日)
第3回 365日のうちの数日 (2011年6月6日)
第4回 いま、ここ。 (2011年6月13日)
第5回 ゆるやかにわかりあっていた日々 (2011年6月21日)
第6回 そんなジグザグがあって (2011年6月27日)
第7回 おたがいの世界をつなぐのは (2011年7月5日)


更新しようとして、はっと気づいたのですが。
このブログを開設したのは2004年の7月1日!
なんと、7年と1週間も経ってしまったのか。
だめブロガーだなぁ。
そんなこんなするうちに、ネットの世界は日進月歩。
まぁ、ぼちぼちといきま〜す。


* 22:35 * comments(0) * trackbacks(0) *
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